城攻め・・・になるのか?

fukui.JPG・・・もういい加減このネタにけりをつけねば っト、思いまして・・・ 福井の中心地・・・福井城です で、飲んでるうちに真っ暗闇になってしまいました・・・ まぁ、そんな感じで・・・ 福井城も福井大地震で石垣などに孕みや 歪みなどが出ました・・・ しかし、夜過ぎて写真が全然移りませんでした・・・

ちなみに駅前付近の駐車場裏に福井城の石垣跡と思われるものがありました・・・

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城攻め・・・7

kitanosho.JPGいまさら・・・ゴールデンな週のはなしされてもねぇ とお嘆きの皆様・・・ お嘆きください・・・ 福井の県庁は福井城の跡にあるんですが、かつて柴田勝家が福井を治めていた頃、その主城だった北ノ庄城はどこだったのだろう・・・と、前から気になっていたのですが・・・ 福井駅から歩いていけるほどのそばだったのですね・・・ いまは柴田神社となっています。 以前一度行ったことのある友人によると、だいぶ整備されたとのこと・・・ あぁ、負け組は寂しく忘れられていくのだろうか・・・ かつては、7層の天守閣があったという北の庄城・・・ いまは、石垣の跡ではないか・・・と思われるものが ポツンと幾つか残るのみ・・・

勝家とお市の像が寂しげにたたずんでおりました
・・・福井に行かれたら、ぜひこの悲しき夫婦を祭った神社を訪れてください

ところで、柴田勝家といえば、中尾彬?それとも松平健?

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城攻め・・・その6・一筆啓上

一筆啓上 火の用心 
 お仙泣かすな 馬肥やせ

越前丸岡城・・・

maruoka01.JPG
丸岡城は北の庄城の支城として柴田勝家の養子で甥に当たる勝豊によって建てられました。
後に何人かの城主を経て、慶長17年(1613年)に本多成重が城主となりました。
で、この成重がうえの手紙にある「お仙(仙千代)」です。
徳川家康の家臣であった、父・本多重次が陣中から妻に宛てた最も短い手紙文として有名です。
丸岡町では一筆啓上賞というものを毎年募集しており、角川の文庫にもなっております。
丸岡城は現存する天守閣では最も古く、天正4年(1576年)とも言われています。

ついでなので、現存する天守閣一覧です・・・
青森県・弘前城・・・○
長野県・松本城(国宝)・・・○
福井県・丸岡城・・・○
愛知県・犬山城(国宝)・・・○
滋賀県・彦根城(国宝)・・・○
島根県・松江城・・・○
兵庫県・姫路城(国宝)・・・×
岡山県・備中松山城・・・×
香川県・丸亀城・・・×
愛媛県・松山城・・・×
愛媛県・宇和島城・・・×
高知県・高知城・・・×

○は自分が行ったことのあるもので
×は行ったことのないものです・・・
四国に4つもあるのか・・・
四国に入ったことがないので・・・

写真にある石の鯱は戦時中に
物資徴用で木に鉛張りだったものが、取られてしまい石製のものを乗せていたのだそうです・・・が、昭和23年の福井大地震で天守より落下(アブネェ・・・)
城も崩れ修復後は本来のものに直された後、ここにおかれているそうです・・・

現存天守の醍醐味は、やはりこの踏み外したら大怪我をしそうな階段ですね・・・

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城攻め・・・その5-2

・・・さらに越前大野城

etizen-ohno02.JPG天守閣内部は博物館となっておりまして・・・
土井氏のものばかりです・・・
というもの金森長近は天正14年に飛騨に移封されているからです

ちなみに越前大野は北陸の小京都と呼ばれているらしい・・・
そんなことは全然知らなかった・・・

それよりも我々ツアーの面々は
今宵の宿が心配になってきていた・・・
GWだというのに宿無しの行き当たりばったりで来ているのだ・・・

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城攻め・・・閑話休題(ォ

城攻めの途中ですが、ちょっとほかの話・・・

また後日に出てきますが、某所の博物館名誉館長の紹介に竹内均氏のパネルがありました・・・
亡くなられた後でしたが、特に生前のままのプロフィールでした・・・

いや、ふとした話で、無駄知識という言葉を聞いて・・・

無駄知識→トリビア→アイザック・アシモフ→ニュートン(雑誌)→竹内均
とガーッと連想が・・・

1992年アイザック・アシモフ氏が亡くなったときもショックでした・・・
中学時代から自分はニュートン愛読者で、しかもアシモフ氏のコラムと巻末付近にある星座物語が大好きで、アシモフ氏が死んで連載終了となったときはそれはショックでした・・・

アシモフ氏の考えたロボット3原則・・・
実に理にかなっていると感心したものです・・・
しかも氏の小説に出てくるロボットはすべて型破りで、原則を無視する・・・
来年映画化と言う話(今年?)の「I,Robot」(われはロボット)はどんな映像になるか楽しみです。

ロボットに連想が出来る日が来るのだろうか・・・・
「これは、以前見た○○に雰囲気が似てますね」
・・・どうだろう

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城攻め・・・その4-2

・・・さらに一乗谷

itijoutani02.JPG4枚目の写真にあるように
一乗谷は谷間です(汗)
で、4-1にあった3・4枚目の写真が
上城戸と呼ばれるもので、
谷の全体が城郭化するように谷のイチバン狭い部分をふさぐように作られたものです。
いまはただの村落となっていますが、かつては大きな町だったことが伺えます。
・・・なんたって、田んぼのあぜや段がすべ石組みです。
廃棄後の町の石などが使われたのでしょう・・・

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城攻め・・・その4-1

・・・まだまだ続く城攻めツアー

itijoutani01.JPG一乗谷という場所がある
まぁ、戦国時代知ってる人ならわかるでしょうが・・・
朝倉氏の城跡である
・・・しかし目的地に着くと
雨が降っており、ツアー三箇所目の山城攻略は断念ということになった・・・
というわけで、まったり
居館跡あたりを見学・・・
町並みが再現されています。

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城攻め・・・その2-3

もちっと、観音寺城・・・

kannonji03.JPG
しかし、自然の力って
すごいですネェ・・・
石垣の隙間などから木が
ニョキニョキ生えてきます・・・

逆に人間も凄いかも・・・
残ってるんだしね・・・

・・・なんかマヤの遺跡とかも
こんな感じに凄かったんだろうなぁ・・・

敗れ去った為に残ったこの城を見ると
・・・なんだか不思議な気分になります

・・・て言うのは伏線ですよ


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城攻め・・・その2-2

・・・つづき

kannonji02.JPGちなみに城跡の航空写真
描かれている城の様子は
自分が推定で描いたものです

しかし、
長い年月をかけて築かれた城だけに
崩れずに残っているのでしょうかね

初めてここに城が築かれたのは
南北朝時代(室町時代)だそうです

観音寺山全体が城郭かされた姿は
さぞ壮観だったことでしょう・・・

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城攻め・・・その2-1

城攻めの続編・・・
一日で山城を2つも行くと、チョと疲れます・・・

kannonji01.JPG観音寺城
観音寺城は琵琶湖東南岸、南近江のお城です・・・
現在で言うところの滋賀県安土町です。
名門佐々木源氏の流れを汲む
六角氏の居城でした・・・

安土城の真横って言った方が分かりやすいかも・・・
信長に攻められた後に廃城になった・・・
現在でも石垣などが良く残ってます

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